新型コロナに対し「お家にいる表明」の取り組みを行いました。
新型コロナに関して、2020年4月3日から11日にかけて、感染拡大を防ぐために家にいよう!(うつらない、うつさない)という思いから、一大学生として大学生に対し、「お家にいる表明」の取り組みを行いました。具体的には、こちらのサイト(https://stay-home.emposy.com/)を、お家にいる学生にクリックしてもらうというものでした。お陰様で、2647人のクリックが集まりました。
ご協力いただいたみなさん、本当に、有難うございました。
皆さんにぜひ、知ってほしいこと、思ってほしいこと、考えてほしいことがございまして、この取り組みを通しての思いを以下に、述べさせていただきました。
迷走した長文でお恥ずかしい限りですが、ぜひご覧いただけますと幸いです。
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お家にいる表明にご協力してくださった大学生の皆さん
「お家にいる表明」の一旦終了のご報告と感謝のお知らせ
「お家にいる表明」を始めて1週間が経ちましたので、一旦、終了としたいと思います。リンク自体はコロナが収まるまでは開けておく予定ですのでいつでもご覧いただけます。(リンク⇒https://stay-home.emposy.com/)
改めまして、お家にいる表明にご協力してくださった大学生の皆さん、お力添えをいただき、本当に有難うございました。皆さんのお陰で、2600余りの人に表明いただくこととなりましたが、この、一つ一つが、一人一人が、きっかけとなって、ちょっと意識が変わり、何処かの、誰かの、感染が防げたのではないでしょうか。
ご協力いただき、本当に有難うございました。
以下、本取組に関して、少しでも感謝の気持ちをお伝えしたくて、
1.取組を始めるに至った経緯
2.取組の目的
3.取組を踏まえての反省点
を述べさせていただきました。長文を失礼しますが、ご覧いただけたら幸いです。
1.取組を始めるに至った経緯
本取組を始めるに至ったきっかけは、私自身の活動に関係しています。
私は、一般社団法人CHIE-NO-WAの代表で、「千恵の遺産」という活動をしております。これは、京都の観光地における観光公害と呼ばれる現象から、一人一人の意識と行動が社会を変えられる「人の可能性」に気づき、「交流の原点である敬意」を意識し寄り添うきっかけを、一人一人にお会いし伝えていく活動です。京都に恩返しをしたいという気持ちからこの活動を始めました。(詳しくはHPをご覧ください。 https://chienoisan.com )
コロナが始まるまでは、主に交流を大切にされるゲストハウスさんなどのご協力の下で、千恵の遺産の活動をしておりましたが、コロナによって観光客が減り、ご協力いただいていた先が一気に厳しい状態となりました。
京都に恩返しがしたいという思いから始めたこの活動である以上、コロナにより観光が厳しくなったこの現状を避けて通ることはできず、むしろ、このコロナの現状に少しでもお役に立ちたいという思いがありました。それに、今までお世話になってきたご協力先がこんなに苦しい状態であるにも関わらず、それを助けてあげることも、一緒に苦しむこともできないことは、とても悔しく、自分にできる何かしたい、少しでも早く沈静化させることをしたいという思いが自分を駆け巡りました。
さらにそこには、連日ニュースで報道される「皆さん一人一人のご協力が必要なんです」の声に悔しい気持ちもありました。これは、新型コロナが始まる前から、千恵の遺産の活動を通して私がずっと伝えたかったことでした。もし、一人でも多くの人にコロナが始まる前に伝えられていたら、この状況を変えられていたかもしれないという、悔しい気持ちでした。
そこから、コロナに対し何ができるかを調べ考えていく中で、この取組を思いつき、実施するに至りました。
2.取組の目的
今回の取組の本来の目的は、不要不急の外出を控えるための一人一人の意識を変えるきっかけ作りであり、具体的には、以下にあげる3つを想定しておりました。(※1)
①新型コロナに関して自分事と感じるきっかけに。
exラインで回ってくるレベルの問題なのか…
②お家にいることを表明することで、お家にいよっかなと思うきっかけに。
③既にコロナに対し考え動かれている方にとって一人じゃないよという支えに。
クリックは上記①~③を行うため、並びに、①~③を普及させるための方法の一つ、“面白さ”になるのではと考え、導入しました。2600という数字はとても嬉しいですが、この数を大きくすることが最終目的ではありません。
本取組を行う上でとった手法は、Twitter、LINE、FBです。Twitter及びFBは拡散という形態、LINEは一人一人に回していただく形態(チェーンライン)です。私個人には100人も友達はおりませんので、本当に多くの方にご協力をいただけたからこそ、あの数字を出すことができました。本当に、本当に、有難うございます。
取組の主体に関しては、取組を思いついたのは私、京都大学経済学部4年の福田千恵子ですが、サイトを作ってくれた京都大学工学部3年の木谷真也さん、文章を考えてくれた京都大学教育学部4年の大江郁弥さん、さらにFBやTwitterで拡散してくれた皆さん、チェーンラインをたくさん流してくれた皆さんの存在抜きにしては、取組の遂行を述べることはできません。
本取組の効果として、何人の人を感染から守れたかは、わかりません。それに、本来であれば、または何か工夫があれば、もっと守れたかもしれません。しかし、少なくとも、何かしらに貢献できたということは事実であり、少ないかもしれないですが誰かを守れたということに、皆さん一人一人のご協力に対し、ただただ感謝でいっぱいです。本当に有難うございます。
※1 この目的の設定に関して、大きな反省点があり、それに関しては3.でご説明します。
3.取組を踏まえての反省
本取組を通して、反省点がいくつかあります。もしもう少しうまくできていれば、守れたかもしれない命がある以上、それらについてのお詫びと、さらには今後の皆様の何かの活動に生かしていただきたく思い、ご報告致します。
まず第一に、新型コロナに関して、4/3~の時点で想像以上に多くの学生が、関心を持っており、不要不急の外出を控えていたということが、チェーンラインのやりとりの中から、見えてきました。さすがでした。
しかしながら、その素地があったにも関わらず、活かしきれなかったという悔しい反省があります。それは、想定の甘さに尽きます。企画をした身として、大変申し訳ございませんでした。
取組開始から、クリックだけでは、きっかけにはなるものの、訴求力にかけていることは理解していましたが、本取組を通して、どのタイミングでも何の措置もとらなかった、とれなかったという反省があります。
実は、本取組の企画当初、長文の文章を回すというものを考えていたのですが、拡散のしやすさ・回したいと思うかを重視した今回のクリックのスタイルにしました。この時、前提として拡散が行われた後の、訴求力のなさをカバーするための戦略は想定し準備していたのですが、そもそも拡散が思った以上に起きなかったこと、それに対する戦略の複数パターンを前もって用意できていなかったことが大きな反省です。
これは結果論になりますが、思った以上に拡散は伸びなかったことから、当初のスタイルも実施してみる価値はあると考えています。
ここで拡散力というものに関し、かなり悔しさが残ります。2600人というのはとても大きな数ですが、全国の大学生約250万人のうち0.1%です。この2600という数には、実際には、社会人の方のお力添えや、スマホとPCでダブルでクリックしていただいた方も想定されますので、実際は0.1%未満です。もっと、広める力があれば、変えられたかもしれない、防げたかもしれない感染があります。そしてそれは、もっと広めることができていたら、ご協力いただいた皆様にも、もっと意義を実感いただけたと思うのです。とてもとても、悔しく、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
さらには、1でお伝えした目的の設定がまず間違っていたのではないかという疑問です。これが、拡散の邪魔をした可能性があります。その理由は、この目的が、“提供“としての在り方であったからです。なぜ拡散がされなかったのかを考え、人が拡散するのは、共有したいからと気づいた時、この目的設定の在り方との噛み合わせが悪いことに気づきました。「きっかけをあげたい」、これは提供であり、「あげたい」というものは一種の”有難迷惑“にも成り得、人は拡散したいとは思わないのではないか。逆に言えば、もし元から共有したいものを作れば、それは共有したくなり、拡散が自然と起きるのではないかという仮説です。具体的には、「”京都から大学生が消えた“を一緒に作りませんか?」であるとか「”大学生が一番日本を考えている“を一緒に作りませんか?」を共有したら、何か変わっていたのではないかと考えています。今後、仮設検証をしていきながら、拡散とは何かを勉強していきたいと思いますが、こちらに関してぜひご意見をいただきたいです。
またちょっとした誤解も生まれていました。「お家にいる」というのは、「バイトをするな」という意味ではなく、不要不急の外出を控えるということを意味したものであり、この表現を使用したのは、広めるにあたって「お家にいる」の表現が容易に理解できると考えたからですが、資金面に余裕のある家でなければお家にひきこもるという選択肢をとることはできず、バイトで毎日外出が続く学生に嫌な思いをさせてしまう表現でもありました。配慮が不足していた点に関して、本当に申し訳ございません。
そして、大きな反省は、始める段階が遅すぎたということです。もっと早くに始めていたら、もっと変えられる、守れる可能性がありました。このように、収束のために何か月もかかる形まで感染を広めず、止めることができたかもしれないのに、動けなかったということです。
今回の場合は、自分が何かすることで、自分が誰かを巻き込むことで、変えられたかもしれない世界があるからこそ、この新型コロナによる日々の現状に対し、もしもっとうまくやれていたら、もしもっと早くやれていたらの「もしもの世界」から、決して抜け出すことはできません。ただただ、力不足の悔しさが残ります。
最後に
こんなに長い文章を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。長いので、何人が最後まで読んでくれたかはわかりませんが、少しでもお伝えできたらと思い、書きました。
最後に締めの言葉とするならば、コロナによるこれら一連の悔しさが、自分にとって覚悟となりました。次の一歩、次の世界、with コロナ、afterコロナ、少しでも見える可能性を少しでも活かすために、全力を尽くしたいと思います。また皆様のお力をお借りする時があります。その時も、どうか、力を貸してください。
2020年4月11日
京都大学経済学部4年
一般社団法人CHIE-NO-WA代表
福田千恵子