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ここに缶がある。
置いてあるのか? 置き忘れか? …まさか、捨てられたのか?

人はこれをポイ捨てと呼ぶ。

「捨てられた」のか「写真を撮るために置いているだけ」なのか。
”本人”しか、わからない。

それに、その”本人”とは、
ここに住んでいる人か、ここで働いている人か、
ここを訪れた国内観光客なのか、国外観光客なのか。
誰も分からない。

どのごみが、一番始めに捨てられた?

どれが一番かは、わからない。
でも、「どれか」があったから、次の「どれか」が生まれた。

1つのごみが落ちていたら、その横はごみをすてやすい。
1つが2つに、2つが3つに。

そして、もしも、この周りにタンポポが咲き誇っていたら、
ここにゴミは現れたのだろうか。

観光地には、住民・働き手・国内外の観光客が集います。

そして今後、長期的な文化体験型の観光が普及すると、
生活と観光はさらに混ざり合っていきます。

今のままでは、「観光公害」と呼ばれる現象は深刻化するばかりです。

では、どうやってひとつひとつの問題を少しでも小さくし、
より素敵な空間を作ることが出来るのか。

簡単なことではありません。

そこには、相手への間を持った解釈と自分自身の思考ある行動、
その寄り添いの姿勢が必要です。

人と人、人とモノ、人と地、その交流が、
寄り添いで溢れ、風情ある社会を、千恵の遺産は目指します。